第5節:今回の遭難事故の問題点・反省点
 

第5節−1:警察の談話

1、問題点
・ 予備日、食糧、燃料の予備が無かった。
・ 季節外れの強い冬型気圧配置を正確に把握していなかったのではないか。
・ 行動の限界地点でビバークしたため、不適な場所となったのではないか。
・ 最悪の条件下で、より安全なビバークができなかったのではないか。
・ 通信機器の携行がなかった。

2、防止対策
 冬の暴風雪という極限状態(爆風雪、爆音、暗黒、厳寒での体温低下などの条件下)においては、例え熟練者であっても耐えられる時間に限界がある(この状況から生還した岳人は当時を振り返り「地獄の世界」と表現している。)
 このような悪条件下では、冬山の悪条件を克服する知識を有する岳人達も、次第に精神的・肉体的な限界に追い込まれ、冷静な判断能力を喪失し、常識では考えられない行動をも起こしかねない。
  これらのことから、生死の境目は、天候の判断、暴風雪・低体温症対策にあると考えられる。
 今回の遭難原因は検証しがたいが、事故を防止するためには、悪条件下に置かれ生死の限界に至る前に、適切なビバーク地点の選定とビバーク態勢を取ることが絶対条件であったと思われる。
 

第5節−2:当調査委員会の見解

 『はじめに』でも述べたように、この調査では、今回の遭難事故の状況の解明には至らなかった。確かなことは、3月21日〜23日のうちのいつかに、いずれかのルートを通って現場にたどり着き、猛烈な悪天候に遭い、事故にあった、ということだけである。

 同じ日に同じ北尾根を予定しながら、アタックを取りやめたパーティもある中で、二人が北尾根に入った可能性が高いと思われることから、彼らが自分達の力を過信し、気象に対する判断を誤ったのではないか、という見方もできるかもしれない。「計画書の未提出」「通信機器の不携帯」「山岳保険への未加入(石原のみ)」「予備日がない」といった事実からも、自分たちは絶対に事故は起こさないという甘えが感じられる。

 たしかに、入山前にある程度悪天を予想し、代替案を設けていたにもかかわらず、このルートに挑んだのは、多少の悪天でも自分達なら行ける、という慢心があったのかもしれない。また、社会人になり、山行に費やす時間が制約される中、冬季登山の集大成としての絶好の機会であるこの春の三連休を逃せない、という気持ちがこの決行を後押しした可能性もある。さらに途中まで進んだ段階で、天候の悪化を予想もしくは実感しながらも、仕事に影響を出したくないと、多少無理をしてでも抜けたい、という焦りもあったかもしれない。

 こういったことは事後に反省することは簡単だが、全ては結果論である。状況の判断はその時、その場で本人だけが下せるものであり、100%安全な山行などありえないことを考えれば、彼らの判断を安易に責めることはできない。

 判断を責めることはできないが、判断を下すのに必要な情報を集めていたか、集めようと努力していたか、ということは検証されるべきだろう。

 彼らは、無線機、携帯電話などの通信機器を持っていなかったようである。携帯電話で正確な天候の情報を得ることができたパーティがいることや、万が一の場合に救助の要請ができた可能性があり、救助できなくても外界と連絡がとれれば精神的にかなり楽になると考えられることから、通信機器は携帯すべきだった、ということはいえるだろう。
 

 彼らは、山行略歴をみればわかるように、この時期にこのルートに挑むのに見合うだけの経験・技術・体力を備えたパーティだったと我々は考えている。決して力量に見合わない無謀な山行ではなかった。いいかえれば、自分達の力量にあった山に挑む全ての人が、同じ状態に追い込まれる危険があるということである。

 当調査委員会では、今回の事故を、彼らの判断が甘かった、と他人ごととらえず、自分達の今後の山行の際の戒めとしていくために、以下の点を最低限の基準として合意した。

・通信機器(無線機・携帯電話)の携帯
・スコップとテントは二人がはぐれた時のために分けて持つ。
・ このような雪稜中心のルートなら、力量・スタイルを考慮した上、スコップを二本持参しても良いのではないか。
・非常時にも対応できるよう、雪洞を掘る練習をしておく。
・ より細かい気象情報の収集を心がける。
・ 安全性判断基準の向上〜より緻密に判断するように〜
・ 動かない選択・戻る選択・他パーティーが入山しても自分なりの判断を下す。
・ 日程が延びても仕事を休む勇気を持つ。


その他の対策
・ 在京連絡先の設置。
・ 登山届の提出。
・ 山岳保険への加入。

 また、これ以外の点についても、それぞれの所属団体に問題を持ち帰り、確認のための文書を作成した(第6節参照)。
 

第5節−3:気象情報の利用

 今回の遭難事故を検証する際、同時期に同じ現場に居合わせた複数の他パーティの中でも、気象情報の入手の仕方や判断にとても差があることに気が付いた。ちょっとした気象の知識や気象情報入手の工夫でリスクを減らすことができるのならば、との思いからこの項を付け加えた。

(1)予報用語の持つ意味
 天気予報で用いられる言葉はそれぞれがきちんと整理された記載用語であるために、用語そのものから多くの情報を得ることができ、正確な気象の状況を認識できる(例 : 「大荒れ」、「中型の」台風、など)。このような「用語」に関することは机上での勉強のしどころであり、それぞれが日々知識の蓄積につとめるべきだろう。具体的な事項はここでは述べないが、例えばテレビ天気予報を積極的に見るようにするだけでも得ることは多いと思う。
 

(2)どのように情報を得るか
1:山行前
 毎日欠かさずに特定の情報源(気象実況と天気予報)を視聴することで得られるものは多いだろう。その季節の気象変化のパターンをつかんだり、山に行く週末が周期変化のどの状態に当たるかを予想することができる。山行中に得る情報もこうした予備知識があってはじめて有効に活かすことができる。

 <テレビの天気予報>
 最近のテレビ天気予報は非常に丁寧に解説をやってくれるので、毎日見ていれば色々な豆知識も手に入る。ただし、毎日決まった時間にテレビの前にいることができる人は実際にはそうは多くないだろう。

 <インターネットのお天気サイト>
 これからの時代忙しい人にはこれだろう。都合の良い時間に、必要なところだけ見ることができるのが良い。ベストサイトはそれぞれで探してもらいましょう。

2:山行中
 山行の内容により最適な情報源は異なるので、様々な条件を考慮した上でいくつかの情報源を組み合わせて利用することになるだろう。

 <天気図>
 天気図には多くの情報が含まれているが、有効な情報(的確な予想)を得るためには天気図に関する少なからぬ知識と経験が必要となり、お手軽な情報源ではまったくない。天気図を書くためだけでも30分以上の時間を取られるし、なにより放送時間までに登山活動を終了している必要があるので、山での行動が規制されてしまう。情報の内容も若干古く、目前の悪天を予想するのには適していない。それでもなお、天気予報を聞くときでも天気図に関するの知識は非常に有効だし、長期の山行では天気図は欠かすことはできない。

 <ラジオ天気予報>
 現在の主力情報源はこれだろう。弱点としては決まった時間にしか聞けない事と、情報量が決して多くはないことである。NHKの天気予報を聞くときは風向の変化に注目することで天気の変化を推察するヒントを得ることが出来るが、大まかな気圧配置の把握が前提条件となる。
 
 <テレビ天気予報>
 最近では携帯テレビが進化してきているので、山でテレビ天気予報を視聴することも可能になった。何しろ画像を直接見ることができるので得られる情報はとても豊富だが、携帯テレビでは画面が小さいのでいろいろともどかしい事と、放送時の一回しか見ることが出来ないのが弱点ではある。近い将来、山でも画像付きの気象情報を得ることが出来る情報端末(記憶容量を持つもの)が出てくることは十分に考えられる。
 ちなみにテレビの音声だけを聞くことが出来るラジオも多いが、画像を抜きにしても日頃聴き慣れた天気予報番組であれば有効な情報源である。

 <携帯電話>
 近年確実に有効と思われる情報源は携帯電話による地域の天気予報である。その地域の最新の天気予報を必要なときに聞くことができる。現在では携帯電話が利用できる山域も多くなってきており、非常時の通信手段としても利用できることを考えれば、今後携帯電話は必携装備のひとつになるであろう。